- 宮城県南三陸町へ救援物資を[ 2011-06-02 20:44 ]
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2011年 06月 02日
南三陸町へ水130ケース(3,120本)
救援募金を水に換えて 6月1日、かながわ水資源対策つくい会議の6人のメンバーにより、被災地の宮城県南三陸町へ水をお届けしました。当地は水道復旧率1%にも満たない現状であることから、少しでも避難されている方のお役に立てばという気持ちを込めて行きました。 ![]() 震災の悲しみをも政争の具にするのか! 被災から3ケ月も経とうというのに、何もかたずいていない南三陸町。荷を積んだ車には「がんばろう南三陸町」と書いて行ったものの、佐藤仁町長や町職員の方々には、その言葉すら言い出せない凄まじい現状が其処にはありました。 一方では、被災地を訪問したであろう国会議員が多くいる中で、被災地の方をはじめ多くの国民がガッカリするような昨今の国政。 昨日から今日にかけて雨が降りしきる東北の人々にして見れば、この辛さや悲しみ、怒りや不安など、何処へ救いを求めたらいいんだろうか。‘怒り心頭’ ![]() 右から田中さん、渡部さん、榎本与助、安西さん。「仮庁舎があるベイサイドアリーナ」 ![]() 上の写真、手前の右側が久下さん。 ![]() 上の写真、手前の作業着姿が森岡さん。 ![]() 職務を全うした若き女性職員の勇姿と悲しみ 奥側、左が佐藤 仁町長、右側 男澤知樹総務課長補佐、手前 榎本与助と渡部さん。 佐藤町長については、新聞やテレビ等でも報道されたように、津波に流された庁舎の屋上で頭越しに行き来する波に耐えて九死に一生を得た方です。ただ津波の直前まで、「逃げて下さい、津波が来ます。」と町民に避難するように防災無線で呼びかけていた若い女性職員は、その後、痛ましい姿で発見されたました。 ・・・・・・慰めの言葉もありませんでした。 ![]() 上の写真左側、無残にも茶色の鉄骨だけになってしまった南三陸町役場。 屋上のアンテナにしがみついていた3人と佐藤町長を含む7人は鉄製のサクにすがって踏ん張り、生き残ったが、町職員30人のうち20人は残念なことに流されてしまったという。 現地の人たちにして見れば、為政者の如何なる言い訳よりも、明日への希望が必要なんです。 ![]() 余りの凄惨な光景に悲しみが込み上げてくる。 ▲ by y-enosan | 2011-06-02 20:44
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